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空飛ぶ畳

日常の思ったこと、育児・子育や仕事のことなどつらつらと書いていきます。

無理をしたくないのに無理をするから鬱になる。


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私の周りにも鬱になっている人、鬱になりそうな人、そういった人がそれなりに居ます。

それは会社関係の人であったり、身内や親族類の人であったりです。

そして鬱になる要因は人それぞれ様々です。

 

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鬱になる人の特徴とは?

鬱になる人の特徴などというのは、今では様々なところで言われていることですので、さらっと大まかに上げていきます。

鬱になる人の特徴とは、

  • 真面目な人
  • 責任感が強い人
  • ノーと言えない人
  • 劣等感が強い人

こんなところでしょうか。

とにかく真面目で責任感が強いという特徴のある人が、鬱になりやすいとよく言われています。

真面目で責任感が強い人なんていうのは、はたから見たらとても褒められることですよね?

仕事が出来る出来ないというのはまた別な話かもしれませんが、少なくとも不真面目で責任感が無い人よりは、何倍もましな人間かと思います。

ですので、鬱になりやすい人というのは、「真面目で責任感が強い人」であるのはそうかもしれませんが、それよりも「ノーと言えな人」「劣等感が強い人」という人の方が、はっきり言って鬱になりやすいです。

私の中では「鬱になりやすい人=真面目で責任感が強い人」という見方はまったくなくしても良いぐらいだと思っています。

例えば「ノーと言えない人」や「劣等感が強い人」というのは、まず周りの他人に振り回されます。

無理な仕事を任されてもノーと言えない。

仕事の成果が上がらなかったり、仕事が出来ないやつだと思われたくない、といった劣等感から無理をして仕事をしたり、出来ないと断れなかったり。

理不尽に上司などから怒られても、言い訳することなく受け入れたり、劣等感から「自分はダメな人間だ」などと思ってしまったり。

このような大人しい性格だと、周りからは「真面目な人」「ある意味責任感が強い人」などといった評価をされることがあります。

仕事が出来る出来ないは別にしてです。

この「真面目で責任感が強い人」というのは良いイメージがあり、「ノーと言えない人」「劣等感が強い人」というのはあまり良いイメージがありません。

そうなると、本来は「ノーと言えない人」「劣等感が強い人」という方が自分でもしっくりくるのに、やはりそこは劣等感から自己防衛が働き、自分は少し「真面目で責任感が強い人」なのかもしれない、と思い込んでしまうことがあります。

これは一種の現実逃避といったところです。

本来は「ノーと言えない」「無理だと言えない」「ダメ(と思い込んで)な人間と思われたくない」が本当の自分の姿なのに、「真面目」や「責任感」という思い込みでごまかしている(少し言葉は悪いですが)ということです。

真面目で責任感が強いというのは一見聞こえは良いですが、要はノーと言えずにダメな自分を認めたくない思いが強いのです。

これはどういうことかというと、結局は「無理をしたくないのに無理をしている」という矛盾により、心・脳・体のバランスが少しずつズレていって、自分でも制御不能な鬱になってしまうということです。

このようなことは、嫌な人との人間関係にも言えるかと思います。

鬱になる人というのは、何も仕事関係だけではありません。

人間関係、特に簡単に離れることが出来ない身内との関係の場合、我慢の限界や無理の限界により鬱になってしまう人がたくさん居ます。

これも結局は、我慢したくないのに我慢せざるを得ない、一緒に居たくないのに一緒に居らざるを得ない、といった「無理をしたくないのに無理をしている」といったことが原因です。

 

無理をしたくないのに無理をするから鬱になる。

無理をしないで済めば誰だって苦労しないし、誰も鬱になりたくてなっているわけではない。

というのはまさにごもっともなんです。

しかし、無理をしたくないのに無理をするから鬱になるというのであれば、やはりどこかで自分自身が無理をしないように制御しなければどうしようもありません。

それは会社や仕事上の管理者が適切にコントロール出来れば良い事ですし、人間関係においてもお互いある程度の思いやりを持って接していれば、鬱になることはないのかもしれません。

しかし世の中の社会とは、実に混沌(様々なことが入り混じっている)としたものです。

一時は周りの環境が良くても、すぐに悪い環境になるなんてことはよくあることです。

その逆もまた然りですが。

そして無理をしているしていないという境界線は人によって様々です。

人の能力や我慢の限度、心の強弱というのはひとりひとり違いますし、自分自身にしかわからないことです。

そして自分自身がその境界線を把握するには、普段から自分のことを理解しようとし、自分は本来どうしたいのか?どうあるべきなのか?などを考えなくてはいけません。

別に普段から考え込む必要はありませんが、やはり自分の本当の気持ちや考えを誤魔化したり蓋をして、周りに流されたままであると、自分の心の境界線に気づくことが出来ません。

もちろん世の中には無理をせざるを得ないことが多々ありますし、やりたいことだけをやって生きていけるほど甘くはありません。

しかし「これ以上は無理をしてはダメだ」という境界線はあるのです。

それは先ほども書きましたが、ひとりひとりまったく異なる境界線です。

うつ病の対策や予防には、運動・睡眠・食生活・リフレッシュなどいろいろとありますが、やはり自分自身がもっと自分のことを理解する必要がどうしてもあります。

無理をしていると自覚し無理をしたくないのであれば、周りの目や必要以上の評価、必要以上の人間関係などを気にするのを止めてみるのです。

そして「出来ない」「やりたくない」「話したくない」「一緒に居たくない」という本来の思いを優先するということです。

ダメ人間大いに結構です。

付き合いの悪いやつも大いに結構です。

うつ病になって本当にダメになるよりは100倍マシです。

逆に「無理をしている」と思っていることを「どうでもいい」と思うようにするのも一つの対策です。

重圧のかかる仕事、責任がのしかかる仕事、自分がやらなくてはいけない、良い関係を築かなければいけない、などの「~しなければいけない」「~こうでなければいけない」という思い込みを捨ててみることです。

結果なんかどうでもいいと思うことです。

「無理をしない」というよりは「無理と思わずに淡々とこなす」ということです。

失敗したって大抵のことは実は大したことありません。

ほとんどは、一時もすればまたみんないつもの日常に戻っています。

仕事でもあなたが失敗すれば代わりの人がやってくれたり、上長が責任取れば良いだけです。

それで評価が下がったりしても、自分がつぶれるよりはナンボかマシです。

例え失敗しても自分がまだしっかりしていればいくらでもやり直しは出来ますが、自分がつぶれてしまったらやり直すこともままならなくなります。

人間関係でも、無理しても良い関係なんて築けないのだから、だったらもう良い関係を築こうなんて思わなければ良いのです。

無理して築いた人間関係なんてものは、どうせ長くはもたないし、そもそも無理して築いた人間関係なんて誰が嬉しいんですかね?

鬱になる人は昔に比べどんどん増加する一方ですが、そういったことを踏まえても、やはりそろそろ今の人たちは、昔ながらの価値観などを捨てていかないといけないのかもしれません。

「~こうあるべきだ」

「~こうでなければならない」

「~しなければいけない」

「~こうしてはダメだ」

「~こういうことを言ってはダメだ」

実際に「そうあるべき」という正しいことはあるかと思いますが、それでも鬱になるぐらいであればしょうがないでしょう。

うつ病になっている人からすれば、そんな簡単に物事が上手く行くわけではありませんし、うつ病になった人にしかわからない苦労や辛さがあるのだと思います。

しかし本人からしたら、自分のため、周りの人間のために頑張っていたとしても、結局うつ病を発症してしまったら、それは誰のためにもなりません。

「きみがうつ病になってまで頑張ってくれたおかげで助かったよ」

「私はうつ病になったけど頑張って良かった」

なんてことになるわけはありません。

やはり先ほども書きましたが、自分自身としっかりと向き合って、自分には何が出来て何が出来ないのか?、もっと頑張れるのか?もう頑張らない方が良いのか?という境界線を把握しないことには始まりません。

 

結局、今自分自身は「無理をしているのか?」「無理をしていないのか?」、そして無理をしているのであれば「それは本当に無理なのか?」「無理をしてまでやらなければいけないのか?」「そもそも何をもって無理と思っているのか?」などを自問自答してみるのも良いかもしれません。

世の中には、くだらないこと、アホらしいこと、しょうもないこと、はたくさんあります。

そういったことも見分ける力も欲しいものです。