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空飛ぶ畳

日常の思ったこと、育児・子育や仕事のことなどつらつらと書いていきます。

自分の中の劣等感や臆病さなどの弱い部分を見つめてみる。


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人間とは弱い生き物ですから、どんなに強がったり高い地位に上り詰めたとしても、自分の中の劣等感や臆病さ、恐怖心などの弱い部分を少しでも克服しないと、心の安定はなかなか訪れないのかもしれません。

 

劣等感や臆病さなどの弱い自分

自分の中で意識してか無意識かは関係なく、心のどこかで自分に対する劣等感や臆病さ、人に対する恐怖心などを抱えている人というのは、常に、または定期的に心を悩ませます。

  • 勉強が出来ない
  • 学歴がない
  • 仕事が出来ない
  • 給料が低い
  • 貯金が少ない
  • 彼氏や彼女が出来ない
  • 友達や仲間がいない
  • 結婚が出来ない
  • 子供が出来ない
  • 子育てがつらい
  • 容姿に自信がない
  • 欲しいものが手に入らない
  • 今の生活が不満だ
  • 将来に希望が持てない
  • etc

人それぞれ様々な悩みがあるかと思いますが、このような人の悩みというものの共通点は「他者との比較」が存在します。

このようなことはよく言われていることです。

そして、自分の中の劣等感や恐怖、自分の臆病さというものも、この「他者との比較」による対人関係により発生するものでもあります。

そもそも「劣等感」の意味というのは、自分が他人よりも劣っているという感情です。

「コンプレックス」も同義語で用いられることもありますよね。

つまり劣等感とは、他者が居て、対人関係が成り立って初めて感じることが出来るものです。

そしてその劣等感を必死に隠そうとする心が、恐怖心であり、臆病な心であるということです。

そして更に、人はその臆病な心や恐怖心を隠そうとして、必死に虚勢(きょせい:みせかけの威勢、から威張りなど)を働かせたり、表に漏れ出ないように引き籠ったりします。

 

 

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劣等感や臆病さなどの弱い心を自分で認める

私なんかも劣等感の塊であり、人生とは常に弱い自分との闘いであると感じているぐらいです。

  • 頭の良さ(学歴)
  • 仕事の成果
  • 家族を養う収入
  • 家族の中の夫や父親としての存在意義
  • etc

自分の中では「そんなの関係ねぇ」などと強がっていても、弱い自分に負けている自分の行動やその時の深層心理を見つめていると、自分の中にある劣等感や臆病さ、何かに怯えている恐怖心にどうしても突き当たってしまいます。

弱い自分に負けている行動や心理とは、

  • 常に(たまに)何でもないときにイライラしてしまう
  • 他人の家族や仕事の話を聞くとイライラしてしまう
  • 恋人や友達、幸せな家族を見るとイライラしてしまう
  • やりたいことを行動に移せないと落ち込んでしまう
  • 積極的になろうとしても行動に移せないとき自分を責めてしまう
  • 将来の自分や生活が頭に浮かぶと不安になってしまう
  • 対人関係と積極的に接することが出来ない
  • 明るい人や積極的な人と接することに苦手意識を持ってしまう

こんなところでしょうか。

これらに思い当たる人も結構いるのではないでしょうか。

これらは全て自分の中にある劣等感などの弱い自分を認めることが出来ず、それでいて認めざるを得ない自分自身との葛藤によるジレンマからくるものが、不安やイライラになって現れます。

そして、その不安やイライラというものは、他者(他人)を攻撃することで、必死で自分の弱さを隠そうとします。

  • 私だって自分なりに頑張っているんだ!
  • 出来ないのは私だけではないでしょう!
  • あなただってダメなところはいっぱいあるでしょう!
  • あなただって悪い部分はあるでしょう!
  • なんで自分ばっかり!
  • なんであいつばっかり!
  • あ~もう!

こういった感情を抱える人はきっと多いと思います。

このような人は、私もそうなんですが、自分の中の劣等感や恐怖心などの弱い部分、弱い自分に負けている状態ということです。

弱い自分に負けているということは、弱い自分を目の当たりにしながらそれを認めることが出来ないという、いわば現実を直視できていない状態です。

しかし、この劣等感や自分の臆病さを認めないと心の安定さは訪れません。

例えば、貧乏でお金がないことで劣等感を感じていれば、一時臨時収入が入ったとしても、いずれまたお金のことで心を病んでしまいます。

仕事や勉強で成果が出ないことで劣等感を感じていれば、例えたまたま成果が上がったとしても、それがいつまでも続くものではありませんから、また劣等感に苛まされて、出来る人を羨む心が芽生えてきます。

他人の人間関係や生活環境を羨む人が、やっと同じぐらいかそれ以上の環境を得たとしても、更にそれ以上の他人の生活や環境を見れば、また同じように他人を妬む生活に戻るものです。

これではいつまで経っても心の不安やイライラは解消されることはありません。

なぜなら自分の中の劣等感や臆病さといった弱い自分を認めないと、そこには常に「他者との比較」があるからです。

弱い自分を認めるということは「他者との比較」からの解放ということです。

解放されるということは、劣等感を感じる必要もないし、それを隠そうとする臆病な心や恐怖心なども必要ありません。

ですので、まずは自分の中の劣等感などの弱い自分の心を認めることがとても必要になってきます。

 

劣等感などの弱い心はマイナスにもプラスにもなる

子供の頃というのは、このような劣等感などはあまりなかったと思います。

子供というのは小さければ小さいほど、心が純粋であり無垢な状態でありますよね。

それが徐々に他者との共存生活において自我が芽生え、そして自我が成長していきます。

自我の概念は様々な表現のされ方がありますが、ここでは単純に「自我=他者意識」と思ってもらえればいいです。

そして「自我=劣等感」ととらえることも出来ます。

人はこの 「自我=他者意識」によって、競争意識が芽生え、自己の成長や発達に大きな役割を果たします。

つまり何が言いたいかというと、「自我=他者意識=劣等感」というのは、大抵の人が生きていく上でどうしても避けては通れないものであり、そして成長していく上で必要なものであるということです。

この「自我=他者意識=劣等感」をプラスにするかマイナスにするか、そのちょっとした差が現在の生活の満足度や、自分自身の人生の価値を左右します。

このプラスかマイナスの差とは、単に心が前進するか後退するかの違いだけです。

現状ではどんなに劣等感に悩もうが、劣等感など気にもしなかろうが、今の現状に変わりはありません。

違うのは、単に心の在り方だけです。

仕事が出来ないのも、頭が悪いのも、身長が低いのも、容姿が冴えないのも、恋人が居ないのも、収入が低いのも、これはどうしようもない現実です。

しかしそれらを良いものにするか悪いものにするか、それともどうでも良いことにするかは自分の心次第でいくらでも変えることが出来るし、克服することも出来ます。

仕事が出来なければ頑張ってちょっとでも出来るようになれば良いし、頭が悪ければ勉強すれば良いし、身長が悩みなら何でも身長のせいにしなければ良いし、容姿が気になるのなら笑顔を絶やさなければ良いし、恋人が欲しければ積極的になれば良いし、収入が低ければ上げる方法を考えたりすれば良いのです。

それらをしないで自分の中の劣等感に苛まされて、臆病になり恐怖心に負けているのであれば、それは自分の弱い部分を直視せず認めていないからです。

人生を楽しんでいる人、自分に自信を持っている人、他者との比較に悩まされることなく等身大(ありのまま)の自分を認めている人、このような人は自分自身の劣等感などの弱い自分を受け入れている人か、もしくは自分を他者と一々比較なんかしないか、もしくは弱い自分を目の当たりにする環境がたまたま訪れていない幸運な人かのいずれかです。

いずれにせよそのような人というのは、他者と自分を無用に比較することなく、劣等感を感じることなく、困難をプラスに変えて人生を謳歌しています。

 

最後に

長くなってきたのでここら辺で終わりにしますが、自分の中に劣等感がある人というのは、得てして他者に対して攻撃的な部分があります。

それは直接相手を攻撃する人も居れば、陰で愚痴をこぼす人も居ます。

自分がもしそんな状況にいるのであれば、それは自分の中の劣等感を必死に隠そうとしている現れであり、弱い自分を認めようとしないもう一人の自分であると思って下さい。

そんな時は、

  • 自分は何にビビッているのか?
  • 自分は何に怯えているのか?
  • 自分は相手の何に恐怖を覚えているのか?

これらを思い切って探ってみて下さい。

これは人によりますが結構勇気がいるかもしれません。

だって弱い自分を洗い出し、弱い自分をさらけ出して、それらを直視するということは、弱い自分にとってはとても難しいことだからです。

それを簡単に出来る人というのは、きっとそもそも劣等感なども薄いはずです。

ですので、まずは自分の中の劣等感を感じて、自分の臆病な部分や恐れている部分を見つめてみたら良いと思います。

そして、そんな自分の滑稽さやバカらしさを感じて、自分で自分を明るくバカに出来れば、きっと良い意味で開き直ることが出来て、そして前進することが出来ると思っています。

私はまだ出来ていませんけどね。

 

soratobutatami.hatenablog.com