読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

空飛ぶ畳

日常の思ったこと、育児・子育や仕事のことなどつらつらと書いていきます。

正直言って「年賀状」が面倒くさい・・・

気になったこと

スポンサードリンク

 

すっかり廃れてきている「年賀状」。

古くから伝わる日本の文化として、大切にした方が良いのかもしれないが、正直言って面倒くさくなってきています。

 

まぁ書きたくなければ書かなければいいじゃん!

というお話なんですが・・・

 

f:id:himuka14:20141221234005j:plain

 

毎年12月になると、「今年こそは早く年賀状を準備して出そう!」なんて思うのですが、年賀状の写真やイラストを選ぶ時点で既に億劫になっています。

去年は誰から貰ったっけ? 今年は誰に出せばいいんだっけか?

などと、大して出す相手も多くないのだが毎年バタバタと確認してしまうのです。

 

そして面倒くさいと感じる最大の理由は、「私から年賀状を貰って嬉しいか?」ということです。

このように思う相手とは、ほとんど付き合いがまったくなくなった相手です。遠方に移って気軽に付き合えなくなったけれど、それでも連絡をたまに取り合っているとかなら年賀状を出す気にもなります。

しかし、昔の仕事関係の仲間や知り合いとか、結婚式で最初で最後(と思われる)の顔合わせをした程度の遠い親戚の方など、自然と付き合いがなくなってきている相手に対し、「なんとなく毎年出しているから」「向こうからも毎年いただいているから」という理由で出し続けることに意味があるのか? などと考えてしまいます。

 

ただし、このようなことは、私が単に面倒くさがっているだけであり、年賀状を出した相手は、もしかしたら多少なり喜んでくれているのかもしれない。喜んでいないかもしれない。

 

しかし私は、普段からお互い連絡を取ることもなく、年賀状に自筆で一言も書かれていない年賀状を貰っても正直まったく嬉しくありません。(私は必ず自筆で一言書くようにはしてますが)

つまり、お互い無理して出し合っている感が思いっ切りしている場合です。

これが、親兄弟や仕事上付き合いのある人などであればなんてことはないのですが。

 

いっそのこと、今年は年賀状を出す相手をセーブしてみるか。

などと毎年思い、相手から貰ったら出そう(遅れて申し訳ないけど)などと失礼なことを相手を選んでしていますが、やはり相手から貰えば出さざるを得ません。

 

このような年賀状という文化、そしてどのような付き合いの相手だろうと人間関係を大切にする人

尊敬します・・・