空飛ぶ畳

日常の思ったこと、育児・子育や仕事のことなどつらつらと書いていきます。

「自分を認めてほしい」「他者に認められたい」という承認欲求は他者に振り回されるだけ


スポンサードリンク

 

よく聞く話ではありますが、「自分をもっと認めて~」「私はこんなに頑張っているのに誰も評価してくれない」という、いわゆる承認欲求が強い人がいます。

 

これが子供であったり、若い二十歳前後ぐらいの人であればまだわかるのですが、40代・50代など、すっかり成熟した大人でも承認欲求を持っている人がとても多い気がします。

私の周りにもこのような承認欲求が強い人がちらほら居ます。

とは言っても、私もそのような思いが無いわけではありません。

人間誰しもが抱える欲求なのかもしれません。

 

f:id:himuka14:20141025032132j:plain

 

「承認欲求」とは

冒頭でも書きましたが「承認欲求」とは、「自分の行為や存在を他者に認めてもらいたい」といった欲求です。

 

Wikipediaより引用

人間は他者を認識する能力を身につけ、社会生活を営んでいくうちに、「誰かから認められたい」という感情を抱くようになる場合が多い。この感情の総称を承認欲求という。
承認欲求は、主に子供や何らかのハンデキャップを抱えている人々などの社会的弱者、劣等感に悩んでいる人間、そして情緒が不安定な精神病患者やパーソナリティ障害を持つ者に強いという傾向がある。その反対に、自閉症などの他者とのコミュニケーションが難しい、あるいは既に承認されたという経験があるので、それ以上の承認を必要としない人間は、それほど強い承認欲求を抱えない。
以上の理由から、承認欲求は先天的な欲求ではなくて、対人関係を学習する過程で育まれる後天的な欲求である可能性が高い。

 

ここでは、承認欲求とは 「対人関係を学習する過程で育まれる後天的な欲求である可能性が高い」とあります。

つまり、学校や仕事関連などの社会で、他者との対人関係により、何かしらの劣等感や自己否定などの感情から来る場合もありますし、単なる優越感に浸りたい(自分は誰々よりも上の立場に居たい)などの場合もあるかと思いますが、結局は「他者との比較」により芽生える感情・欲求であるということです。

 

他者に自分の価値を求めるということ

さて、承認欲求は他者との比較心により、他者に自分の価値を認めてもらいたい、といった欲求であると書きました。

このような欲求が強くなると「他者に振り回される人生」になることがあります。

 

動機としては悪いわけではない

人間ですから誰だってこのような欲求は当然あります。

  • 仕事を頑張って早く上司に認めてもらいたい
  • 家族のために頑張って働いている自分を見てほしい
  • 子供や旦那のために家事を頑張っている自分をわかってほしい
  • 良かれと思って誰かのために動いている自分を褒めてほしい

勉強、仕事、家事、育児、何でもそうですが、頑張っている自分を誰かに認めてもらいたいというのは人間の性なのでしょうね。

このように「日々頑張れる原動力」となるような欲求であれば良いのではないかと思います。

何かを新しく始める動機として、「頑張って認められたい」「誰かを喜ばせたい」といったことでもそうです。

 

承認されないことによる不平不満と自己否定

上で書いたように、認められたいという動機は、日々の活力につながります。

そして他者との関係において、お互いに感謝し合える関係であればとても素晴らしいことではあります。

しかし「承認欲求」のよろしくないところは、その欲求が強くなる場合です。

その強い思いは、他者依存による不平不満と自己否定の2パターンにつながります。

 

一つ目は、自分を認めてくれない他者への批判です。

「自分はこんなに頑張っているのに何で見て(認めて)くれないんだ」

それは、自分が認めてもらいたい存在への不満や怒りとなり、更には周りの関係ない人への八つ当たりにもなります。

「自分のことをわかってくれないダメ上司」

「自分ばかり楽して良い思いしている嫌な旦那(または妻)」

「あいつよりも俺の方が頑張っているし、役に立っているのに」

「あいつはこんなにダメなところがいっぱいある」

など、上げればキリがないかもしれません。

このように不平不満や他人への悪口などが続くと、それは習慣化されてしまいます。

そして良い結果になれば自分のおかげ、悪い結果になれば他人のせい、という思考になる恐れもあります。

 

二つ目は、自己否定につながることです。

誰からも認められない、自分は役に立っていない、など自分で自分を否定してしまうことにつなげてしまう人もいます。

このように自己否定に陥ってしまう人は、心の病にかかることもあるかもしれません。 

このように誰かに自分の価値を決めてもらおうとする思考は、誰かを攻撃する要素となるか、自分を攻撃する要素となる恐れがあります。

そして他人ばかりに目が行き、自分で自分の価値を認めてあげることが疎かになってしまいます。

 

他者との比較をすることが元凶

上の二つのパターンは、どちらも他者に振り回されているということです。

それらは何度も書いていますが他者との比較をすることにより発生する感情です。

全ての人が平等に認められるとしたら、もしくは全ての人が一切認められることがないとすれば、このような不満の感情は芽生えないかもしれません。

しかし、自分が認められたとしても、自分よりも更に認められる人がいれば結局は同じです。

「誰々よりも俺の方が~」「誰々ばかり良い思いして~」

このように、常に他者と比較をしているうちは、不平不満やイライラがあることでしょう。

 

最後に

人間の不満やイライラの感情は、基本的には「他者との比較」が原因です。それは承認欲求であったり、嫉妬心であったり、様々かもしれません。

ただ最近思うのは、誰かを認めてあげる立場にいる人(年齢的にもしくは社会的地位などが上の人)でも、「自分を認めて~」という思いが強い人が多い気がします。

それは上司が部下に対してだったり、親が子供に対してだったりなど。

 

そして、この記事での「承認欲求」の強い人というのは、他者への依存的な要素が強いという書き方をしましたが、このような人は今まで「自分を認めてくれる存在」が居なかった(乏しかった)という原因もあるかと思います。

このように思うと、やはり自分の周りの人たちへの感謝や思いやりを伝えることがとても重要ではないかと思うのです。

例え、褒める要素や認める要素が見当たらなかったとしても、そこは頑張って探すのも思いやりなのかもしれません。 

そして理想としては、「自分を認める」ということを、他者には求めずに自分で認められるようになれればいいのでしょうね。