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空飛ぶ畳

日常の思ったこと、育児・子育や仕事のことなどつらつらと書いていきます。

「公園の禁止事項増加」から考える他責の時代


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最近、「公園の禁止事項が増加」的なニュースがネット上にありました。

こういった傾向は別に最近始まったことではありませんが、更に禁止事項が増え続けているといったところでしょうか。

 

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問題が出れば即禁止の傾向

元ネタはこちらのサイトです。  

公園の禁止事項増加 「談笑」「ダンス」「漫才の練習」など

 

確かに公園入り口に掲げられた管理自治体名が入った看板には、これでもかと数々の警告が並んでいる。「ボール遊び禁止」、「大声禁止」、「自転車乗り入れ禁止」

(中略)

他の地域はどうか。調べただけでも、様々な禁止事項に出くわした。「喫煙禁止」や「花火禁止」、「犬の散歩禁止」、中には「ベンチでの飲食禁止」という公園まであった。さらには談笑の禁止、楽器やダンス、漫才の練習禁止という“変わり種”もある。許されているのは公園に入ることくらいなのだろうか。

 

どこの公園なのか?など詳しい情報はないので信憑性はわかりませんが、ここまではいかないまでも実際にこのような禁止事項が多い公園や広場はとても増えているようです。

私のマンションの近くの広場(公園ではない)では、小さい子供や小学生などが、ボール遊びや自転車などでよく遊んでいました。

その広場がつい最近「遊び禁止」の看板が立てられ、今では閑散としています。

周りはマンションで囲まれ、近くには駐車場もあったので、きっと「うるさい」や「車にボールが当たった」などの苦情が出ていたと推測されます。

 

他にも遊具で怪我をしたとかで「使用禁止」になったり、ペットのフンが頻繁にあると「ペット禁止」などの制限があったりします。

中には「大声禁止」や「談笑禁止」などもあるとかないとからしいですね。

 

苦情を出す住民の立場からしたらごもっともな意見なのかもしれません。

自分の家が公園の目の前にあり、年がら年中うるさかったり、ボールが家に命中してきたりなどすれば苦情の一つも言いたくなるかもしれません。

 

 

何でもかんでも規制をすれば良いとは限らない

「規制をすれば良いわけではない!」このように思う人もかなり多いのではないかと思います。

昨今の日本は何でもかんでも「規制」「ルール」を適用する傾向になってきています。

人は制限をされればされるほど、それに逆らおうとする傾向があります。これは人間の特性の一つだとも思います。

特に子供は、大人からの制約を強いられ過ぎると、必ずどこかでその反動がくるものです。それは親の躾だったり、学校の校則であったり、社会のルールであったり。

何でも「あれはダメこれはダメ」「我慢しなさい」「大人は良いけど子供はダメ」「とにかくダメ」「ルールだからダメ」。

もちろん最低限のマナーやルールは大切であるし、公園で問題ある行動を取った場合には、然るべき対応が必要ではあると思います。

しかし、ある遊びを禁止するにしても、その理由はある程度明確に示すべきではないでしょうか。

頭ごなしにある日突然「〇〇禁止!」みたいな対応は如何なものかと思います。

それに公園とは基本的には安全に遊べるところなんだと思います。道路や危険な場所で遊ばないようにする意味もあるはずです。その公園でまともな遊びが出来ないとなれば、逆に危険な場所で遊ぶことになる可能性もあるかもしれません。

 

 

今の日本人は他責が当たり前になっている?

こういった考察が「公園の禁止事項増加」につながっているのかは正直わかりません。

しかし今の日本は物事の嫌なことに対して「他責」にしがちな傾向にあると言われています。

何年か前によくニュースで流れていましたが、子供が遊具で大怪我をしたりして、その遊具が撤去されるといったことです。

「回転する遊具で手を離し怪我」

「箱乗りブランコで足を挟んで骨折」

「ブランコから落ちて骨折」

ざっくりした書き方ですが、他にも似たような事故が原因で遊具が撤去される事例はたくさんあるようです。

当然使い方が難しい危険な遊具や、設備不十分による事故などの場合は、行政として問題があり、対処するべきではあります。

しかし上記の例のような子供の怪我の大半は、子供の不注意・親の不注意が原因ではないかと思われるものです。

子供の遊び方が危険であれば大人が注意したり、怪我につながる可能性を教えたりするものです。親の不注意で子供に怪我を負わせたのであれば、それはただの親の責任です。

 

この公園の遊具の例に限らず、今の大人たちは「自責」に向かず「他責」に向かう傾向があります。

それは仕事においても、家庭においても、まず先に「自分は悪くない」「相手が〇〇だからしょうがない」など、他に責任転嫁をする人が増えているということです。

 

昔何かの本で読んだことがありますが、日本人に限らず、人間というものは経済的、物質的に豊かな社会に身を置いていると、他責になる傾向があるそうです。

日本などは不景気だ生活苦だという人も多いですが、やはりかなり裕福な国です。そして物質的豊かさがあります。そういう社会に身を置く人間はきっと「傲慢」になってしまうのかもしれません。知らず知らずのうちに。

 

 

最後に

この記事の「公園の禁止事項増加」もそうですが、やはり今の日本は何でも「規制」をかけてしまう傾向にあります。

そのようなニュースを見る度に「う~ん」と唸ってしまいます。

この即刻「規制」というのは、住民の苦情を受けているわけであり、行政としてはそれなりに理由というか言い訳は成り立ちます。

でもその対応は「安易」であり、「臭い物に蓋をする」ようなやり方に感じてしまうのは私の考えが浅いのでしょうか。

 

ちなみに、この記事は「何でも禁止反対」的な意見で書いています。

しかし実際に公園でのマナーがなっていない人間も増えているのは確かです。

上でも書きましたが、苦情を言いたくなる立場の人からみると、それだけ言わざるを得ない理由があるような気もします。